こんにちは、ヨハニです。
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若い頃、私が体を鍛えていた理由は、とても分かりやすいものでした。
筋肉を大きくしたい。
見た目を良くしたい。
周りから「鍛えているね」と言われたい。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
実際、その目標があったからこそ、トレーニングを続けられた時期もありました。
しかし四十代になった今、体を鍛える理由は少しずつ変わってきました。
今回は、その変化について書いてみたいと思います。
1 数字ではなく、毎日の動きを守りたい
以前は、ベンチプレスの重さや腕の太さなど、数字や見た目が成果でした。
もちろん、それも一つの楽しみです。
でも今は、「今日は疲れにくかった」「階段を軽く上れた」「腰が痛くならなかった」といった、小さな変化の方が嬉しく感じます。
体は、毎日の暮らしを支える土台です。
その土台が安定しているだけで、一日の過ごしやすさは大きく変わります。
2 鍛えることは、未来の自分への投資
筋肉は、年齢とともに少しずつ減っていくと言われています。
だからこそ、今のトレーニングは「今日のため」というより、「十年後の自分」のために行っている感覚があります。
元気に歩けること。
荷物を持てること。
趣味を楽しめること。
家族と出掛けても疲れ切らないこと。
そうした未来を守るために、今日少しだけ体を動かす。
それは派手ではありませんが、とても価値のある積み重ねだと思います。
3 頑張るより、続けること
若い頃は、「限界まで追い込むこと」が良いトレーニングだと思っていました。
しかし今は、翌日に疲れを残しすぎるようなトレーニングは、仕事や生活とのバランスを考えると長続きしません。
だから私は、「今日も少し体を動かせた」という積み重ねを大切にしています。
スクワットをする日。
ウォーキングをする日。
ストレッチだけの日。
そんな日があってもいい。
続けることが、一番大きな成果につながると感じています。
4 体は人生を楽しむための道具
私は最近、「体は作品ではなく、道具なのだ」と考えるようになりました。
見せるためだけの体ではなく、人生を楽しむための体。
家族と旅行へ行く。
自然の中を歩く。
植物の世話をする。
荷物を運ぶ。
仕事をする。
そんな日常を気持ちよく過ごすために、体は働いてくれます。
だからこそ、無理をさせるのではなく、大切に使いながら育てていきたいと思うようになりました。
まとめ
歳を重ねると、できなくなることも少しずつ増えていきます。
でも、その一方で、「何のために体を鍛えるのか」という目的は、以前よりもはっきりしてきました。
若い頃は、見た目のため。
今は、人生のため。
鍛える目的が変わると、トレーニングは苦しい義務ではなく、毎日の暮らしを豊かにする習慣へと変わっていきます。
私はこれからも、過去の体を追いかけるのではなく、今ある体を活かしながら、一日一日を大切に積み重ねていきたいと思います。

