こんにちは、ヨハニです。
※本ページはプロモーションを含みます。
前回は、会社の私と家庭の私は違うということについて書きました。
役割が違えば、求められる振る舞いも変わります。
だからこそ、私たちは知らず知らずのうちに、その場にふさわしい自分を選んで生きているのかもしれません。
そんなことを考えていると、一つの言葉を思い出します。
前職で、上司から言われた言葉です。
「管理職になったら、演じなさい。」
私は、その言葉を長い間理解することができませんでした。
1 「演じる」という言葉への違和感
当時の私は、「演じる」という言葉に強い違和感を覚えました。
演じるということは、本当の自分ではない自分になること。
無理をすること。
自分を偽ること。
そんな印象があったからです。
だから私は、「素の自分で仕事をしたい」と思っていました。
演技ではなく、本音で人と向き合いたい。
そう考えていたのです。
2 管理職という役割
しかし、管理職になると現実は少し違いました。
自分が不安だからといって、その不安をそのまま部下へ伝えるわけにはいきません。
迷っているからといって、いつまでも立ち止まるわけにもいきません。
時には、自分よりも周囲を優先して判断しなければならないこともあります。
その姿を見て、部下は安心したり、不安になったりするからです。
管理職とは、一人で仕事をする立場ではなく、人を支える立場なのだと少しずつ感じるようになりました。
3 演じることは嘘なのか
それでも、「演じる」という言葉には引っかかるものがありました。
本当の自分を隠しているような気がしたからです。
でも、ある日ふと思いました。
私たちは日常でも、たくさんの役割を生きています。
病院では静かに話します。
結婚式では礼儀を大切にします。
お客様には丁寧な言葉を使います。
それを「自分を偽っている」とは、あまり考えません。
その場にふさわしい振る舞いを選んでいるだけです。
そう考えると、「演じる」という言葉の意味も、少し違って見えてきました。
4 まだ答えは出ていない
私は今でも、「演じる」という言葉に少し抵抗があります。
しかし以前ほど否定的ではありません。
もしかすると、演じることには意味があるのかもしれない。
ただ、その意味を私はまだ十分に言葉にできません。
演じることは、自分を偽ることなのか。
それとも、人として成長するために必要なことなのか。
その答えを考えていると、あることに気づきました。
演じることに疲れてしまう人がいる一方で、演じることで救われる人もいるのではないか。
その違いは、どこにあるのでしょうか。
まとめ
「管理職になったら、演じなさい。」
以前は、その言葉を受け入れることができませんでした。
演じることは、自分を偽ることだと思っていたからです。
しかし今は、少しだけ見え方が変わっています。
役割には、その役割にふさわしい振る舞いがあります。
それは演技というよりも、責任を果たそうとする姿なのかもしれません。
それでも、演じ続ければ疲れてしまう人がいます。
私も、その一人でした。
では、私たちはどうすれば役割を果たしながら、自分らしさも失わずに生きていけるのでしょうか。
次回は、「仮面は、いつ外せばいいのだろう。」というテーマで、そのことについて考えてみたいと思います。

