こんにちは、ヨハニです。
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仕事が終わった後。
一日頑張った自分に対して、こんな気持ちになることはありませんか。
「今日は頑張ったから、少しくらい好きなことをしてもいいだろう。」
「疲れたから、何か楽しいことをして気分転換したい。」
私は、この気持ちはとても自然なものだと思っています。
一生懸命に頑張った自分を労うことは、大切なことです。
しかし、最近ふと思うことがあります。
その「ご褒美」は、本当に自分を満たしてくれていたのだろうか。
1 頑張った後に欲しくなる刺激
仕事を終えた後というのは、不思議な時間です。
責任から少し解放される。
緊張がほどける。
「やっと自分の時間だ。」
そう感じる瞬間があります。
そんな時、人は何か刺激を求めたくなるのかもしれません。
好きな動画を見る。
趣味を楽しむ。
美味しいものを食べる。
いつもより夜更かしする。
その瞬間は、確かに楽しい。
一日の疲れが少し軽くなるような感覚があります。
2 ご褒美と刺激は同じなのだろうか
しかし、ここで一つ考えるようになりました。
「自分を労うこと」と「強い刺激を求めること」は、本当に同じなのだろうか。
例えば、
ゆっくりお風呂に入る。
早めに寝る。
家族と話す。
本を読む。
こういった時間も、立派なご褒美です。
でも以前の私は、「頑張ったからこそ、普段とは違う何かが欲しい」と思うことがありました。
特別感を求めていたのだと思います。
3 その刺激は、翌日の自分を喜ばせているか
問題は、その瞬間の楽しさだけではありませんでした。
夜に強い刺激を求めると、
気がつけば就寝時間が遅くなる。
翌朝のウォーキングに影響する。
体のリズムが少し崩れる。
そして、眠る前に心を整える時間がなくなる。
もちろん、その時間が楽しくて満足する日もあります。
でも、振り返ると、
「今日は何を得たのだろう。」
と思う日もありました。
その瞬間は楽しかったはずなのに、一日の終わりに残る充実感は、思ったほど大きくなかったのです。
4 本当に欲しかったもの
そこで考えました。
私は本当に刺激が欲しかったのだろうか。
もしかすると、欲しかったのは刺激ではなく、
「今日も頑張った。」
と自分自身が納得できる時間だったのではないか。
一日の終わりに、
「今日も良い一日だった。」
と思える感覚。
明日の朝を気持ちよく迎えられる感覚。
それこそが、本当のご褒美だったのかもしれません。
まとめ
頑張った自分へのご褒美。
それ自体は、決して悪いものではありません。
人には、努力した自分を認める時間が必要です。
ただ、そのご褒美が「強い刺激」でなければ満たされない状態になっていたとしたら、一度考えてみる必要があるのかもしれません。
その刺激は、本当に自分を満たしているのか。
それとも、一時的に疲れや不満を忘れさせているだけなのか。
私は、そんなことを考えるようになりました。
次回は、なぜ私たちは「強い刺激」をご褒美として求めてしまうのかについて考えてみたいと思います。

