こんにちは、ヨハニです。
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前回、私は「優しさ」というものが、昔はよく分からなかったという話を書きました。
自分には優しさがない。
そんな劣等感はありました。
でも、そもそも「優しさとは何なのか」を理解するための材料が、自分の中に少なかったのではないか。
今は、そんなふうに思っています。
そして、その材料の一つになったのが、自分の感情との付き合い方でした。
私は昔から、感受性が強い方だと思います。
人よりも大きく心が揺れる。
嬉しいときも、嫌なときも、心が大きく動く。
それは、自分の人生を豊かにしてくれる部分でもあります。
一方で、人間関係においては、マイナスになることもありました。
特に私は、人にひっぱられやすいところがあります。
だからこそ、私は「時間」を味方につけるようになりました。
第1章 感受性が強いことは、弱点なのだろうか
感受性が強い。
こう聞くと、一般的には良いことのようにも聞こえます。
美しいものを美しいと感じる。
人の気持ちを敏感に察する。
小さな変化に気づく。
そういう能力は、確かに人生を豊かにしてくれます。
でも、私は人間関係においては、必ずしもプラスばかりではないと思っています。
人の言葉に大きく反応してしまう。
相手の態度が気になってしまう。
相手の感情に自分まで引っ張られてしまう。
そして、その感情のまま考えると、物事を必要以上に大きく捉えてしまうことがあります。
今になって思えば、これは「感受性が強いこと」が悪いのではありません。
感情が大きく動いた状態で、すぐに判断してしまうことが問題だったのだと思います。
感情そのものは、悪者ではありません。
むしろ、自分に何かを教えてくれる大切な情報です。
「嫌だ」と感じた。
「腹が立った」。
「悲しい」。
「嬉しい」。
まずは、その感情が存在していることを認める。
その上で、
「では、私はなぜそう感じたのだろう?」
と考える。
それが、私にとって大切なことになっていきました。
第2章 すぐに判断しないという選択
人間関係で何か問題が起きたとき、昔の私は、今よりも感情に引っ張られていたと思います。
「なんでそんなことをするんだ?」
「普通はこうするだろう」
「おかしいんじゃないか?」
そんなふうに、すぐに結論を出してしまう。
でも、あるときから、少し考え方が変わりました。
「ちょっと待ってみよう」
そう思うようになったのです。
すぐに対応しない。
すぐに結論を出さない。
一度、時間を置く。
すると、不思議なことに、さっきまで大きく感じていた問題が少し違って見えてきます。
自分の感情も落ち着いてくる。
相手の言葉や行動についても、別の可能性を考えられるようになる。
「あの人は、もしかすると別のことを考えていたのかもしれない」
「自分が知らない事情があるのかもしれない」
「そもそも、私は何に対して腹を立てているのだろう?」
そうやって、一つの出来事を複数の角度から見ることができるようになりました。
第3章 時間が、私の「洞察力」を引き出してくれた
ここで、私自身の面白い特性に気づきました。
私は、洞察することが好きなのかもしれない。
いや、正確には、
自分には洞察力があるのだな
と、少しずつ分かってきました。
目の前で起きていることだけを見るのではなく、
「なぜこうなったのだろう?」
「その前には何があったのだろう?」
「この人は、なぜこういう行動を取ったのだろう?」
と考える。
一つの出来事だけではなく、いくつかの状況を組み合わせて考える。
すると、最初に感じた印象とは違うものが見えてくることがあります。
もちろん、いつも正しく見抜けるわけではありません。
人間ですから、間違えることもあります。
でも、少なくとも、
「最初に感じたことだけを真実だと思わない」
という習慣は身につきました。
そして、私の場合、この洞察力を働かせるためには「時間」が必要でした。
感情が大きく動いている最中には、なかなか冷静に考えられません。
だから、一度離れる。
時間を置く。
すると、感受性によって大きく揺れた心が少し落ち着き、その後から洞察力が働き始める。
今では、そんな自分の特性も少し分かってきました。
第4章 距離を取ることは、冷たさではない
そして、もう一つ大切だと思うようになったことがあります。
それは、
「人間関係には、適切な距離が必要だ」
ということです。
人にひっぱられやすい自分にとって、距離感はとても大切です。
相手の問題を、自分の問題のように抱え込まない。
相手の感情を、自分の感情と混ぜない。
相手が怒っているからといって、自分まで怒らなくていい。
相手が不安だからといって、自分まで不安になる必要はない。
もちろん、相手の気持ちを無視するわけではありません。
むしろ逆です。
相手の感情と自分の感情を分けるからこそ、相手のことを冷静に考えられる。
私はそう思っています。
距離を取るというと、冷たいように聞こえるかもしれません。
でも、必ずしもそうではない。
近すぎるから見えないものがあります。
少し離れるから見えるものがあります。
そして、少し離れたところから、
「この人は何を感じているのだろう?」
「自分は何を感じているのだろう?」
と考える。
その方が、相手に対しても、自分に対しても、誠実なのではないかと思います。
まとめ 感情を消すのではなく、感情と付き合う
私は、感受性が強いことをなくしたいとは思いません。
むしろ、それも自分の一部だと思っています。
人より大きく心が動く。
それによって傷つくこともある。
でも、同じ感受性があるからこそ、感じられることもあります。
だから必要だったのは、感情をなくすことではありませんでした。
感情に振り回されない方法を覚えること。
そのために、
時間を置く。
距離を取る。
自分の感情を見る。
相手の感情を見る。
そして、状況全体を見る。
そうすると、私の場合は「洞察力」を使えるようになる。
昔の私は、感情に対してもっと無頓着だったと思います。
でも今は、
「この感情は、自分に何を教えてくれているのだろう?」
と考えるようになりました。
そして、これはもしかすると、前回書いた「優しさ」ともつながっているのかもしれません。
自分の感情を無視しない。
でも、感情だけで行動しない。
自分と相手の間に、適切な距離をつくる。
そして、時間を置いて考える。
その結果、相手を簡単に決めつけなくなる。
そう考えると、
「自分の感情をちゃんと扱うこと」も、優しさの一部なのかもしれません。
そして、もう一つ気になることがあります。
自分の感情を扱えるようになったとき、「相手を見る目」はどう変わったのだろう?
次回は、そこについて考えてみたいと思います。

