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結局は、自分を納得させることなのでは④~自分を納得させるために、今日できること~219

第1章 「今日は何をした?」と聞かれたら

一日の終わりに、

「今日は何をした?」

と自分に聞いてみる。

そうすると、面白いことがあります。

ものすごいことをしていなくても、

「今日はこれをやったな」

と思える日があります。

歩いた。

少し運動した。

家のことをやった。

仕事を頑張った。

家族と話した。

ブログを書いた。

本を読んだ。

植物の世話をした。

何かを作った。

そんな小さなことです。

でも、

「今日はこれをやった」

と言えるだけで、少し気持ちが違う。

逆に、

一日中いろいろなことを考えていたのに、

「結局、今日は何をしたんだろう?」

となる日もあります。

頭はかなり疲れている。

でも、妙な達成感がない。

この違いは、かなり大きいと思います。

考えることは、確かにエネルギーを使います。

でも、

「自分で決めたことを実際にやった」

という感覚には、別の種類の満足があります。

第2章 「自分との約束」を守る

私は最近、

「自分との約束」

という言葉が大切なのではないかと思っています。

例えば、

「今日は30分歩こう」

と決めた。

そして歩く。

「今日はこの記事を一本書こう」

と決めた。

そして書く。

「今日はここだけ片付けよう」

と決めた。

そして片付ける。

別に大したことではありません。

でも、

自分で決めたことを、自分で実行する。

これだけで、

「自分って、ちゃんとやるじゃないか」

と思える。

逆に、

「明日から本気を出そう」

「今度こそ生活を変えよう」

と大きなことを考えても、

何もしなければ、

自分自身がその言葉を信用しなくなっていきます。

「どうせまた言ってるだけだろ」

と、自分が自分に思ってしまう。

これは、かなり悲しいことです。

だから私は、

大きな目標を立てるより、

小さな約束を守ることの方が、自分を納得させる力があるのではないか

と思うようになりました。

第3章 100点を取る必要はない

ここで重要なのは、

完璧にやらなくていい

ということです。

例えば、

「毎日1時間歩く」

と決めたのに、今日は20分しか歩けなかった。

以前の私なら、

「今日はできなかった」

と考えていたかもしれません。

でも今なら、

「20分歩いたんだから、それでいいじゃないか」

と思います。

ブログもそうです。

「今日は完璧な記事を書こう」

と思えば、書く前から疲れます。

でも、

「今日は一本、形にしよう」

と思えば、少し気が楽になる。

家のことも、

「家を完璧に整えよう」

と思えば、終わりません。

でも、

「今日はここだけやろう」

ならできる。

つまり、

自分を納得させるためには、100点の結果より、60点でも実際にやったという感覚の方が大切なのではないか。

最近はそんなふうに思っています。

第4章 「自分で決めた」ということが大切なのかもしれない

そして、もう一つ気づいたことがあります。

私は、

自分で決めたことをやった時に、満足感が強い。

ということです。

誰かに言われたからやった。

世間ではこうするべきだからやった。

健康のためにやらなければいけないからやった。

それも必要なことです。

でも、

「今日はこれをやろう」

と自分で決めて、

実際にやる。

その時の感覚は少し違います。

これは、以前話していた、

「計画している時が楽しい」

という自分の性格ともつながっていると思います。

私は、誰かに決めてもらうより、

自分で考えて、

自分で決めて、

自分でやってみる。

その過程が好きなのだと思います。

だからこそ、

人生を変えるために必要なのも、

誰かから与えられた「正しい方法」ではなく、

「自分は今日は何をしてみようか?」

と考えることなのかもしれません。

第5章 納得とは「自分を褒めること」ではない

ここまで書いておいて、

「じゃあ、自分を褒めればいいのか?」

と思われるかもしれません。

でも、私は少し違う気がしています。

「今日も最高!」

「自分は素晴らしい!」

と無理に思う必要はない。

むしろ、

「まあ、今日はこれでいいか」

くらいでいい(笑)。

この「まあ、これでいいか」が、私は結構大切なのではないかと思っています。

完璧ではない。

まだまだ改善するところもある。

明日やりたいこともある。

でも、

「今日は今日で、ちゃんとやった」

と思える。

それでいい。

自分を納得させるというのは、

自分を無理やり肯定することではなく、自分が今日やったことを自分自身が認めること

なのかもしれません。

まとめ 「今日の自分」に納得できれば、それでいい

以前の私は、

「人生を変えるには、もっと大きなことをしなければ」

と思っていました。

もっと頑張る。

もっと勉強する。

もっと結果を出す。

もっと健康になる。

もっと成長する。

もっと理想に近づく。

でも今は、

少し違います。

人生を変えるということは、

何か大きなイベントを起こすことではなく、

今日の自分の行動を少し変えることなのかもしれない。

今日は歩く。

今日は少し片付ける。

今日はブログを書く。

今日は家族と話す。

今日は本を読む。

今日は早く寝る。

何でもいい。

そして、

「今日はこれをやった」

と思える。

その積み重ねが、

少しずつ自分自身への信頼になっていく。

「自分はこうしたい」

と思ったことを、

少しずつ実際にやっている。

その感覚があれば、

人生そのものを大きく変えなくても、

「自分は自分の人生をちゃんと生きている」

と思えるのではないでしょうか。

そして、ここで一つ不思議なことがあります。

私たちは、

「自分を納得させたい」

と思って、つい大きな結果を求めます。

もっと成功すれば。

もっとお金があれば。

もっと健康になれば。

もっと立派になれば。

もっと何者かになれば。

でも、本当に必要なのは、

そんなに大きなものではないのかもしれません。

今日、自分で決めたことを一つやる。

それだけで、

「まあ、今日はこれでいいか」

と思える。

それなら、

人生とは「何者かになること」ではなく、「今日の自分を納得させること」の積み重ねなのではないか。

そんな気がしてきます。

そして、この考え方をさらに突き詰めていくと、

一つの疑問が残ります。

もし人生が、

「自分を納得させること」

なのだとしたら、

一体、どこまで納得できればいいのでしょうか。

どこまで頑張れば、

「もう十分だ」

と言えるのでしょうか。

そして、

「もっとやらなければ」

という気持ちと、

「これでいい」

という気持ち。

この二つを、どうやって自分の中で折り合いをつければいいのでしょうか。

次回は、このシリーズの最後として、

「もっと」を追い続ける人生と、「これでいい」と思える人生

について考えてみたいと思います。

もしかすると最後に残るのは、

「何を成し遂げたか」ではなく、

「自分自身に、これでよかったと言えるか」

なのかもしれません。

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