ヨハニログ

今、見えている未来が本当に未来なのか⑤~まだ、分からないじゃないか~225

第1章 「未来が不安」なのではなく、「未来を決めていた」

私は以前、

「将来が不安だから、もっと考えなければ」

と思っていました。

どうすれば失敗しないのか。

どうすれば後悔しないのか。

どうすれば安心できるのか。

そんなことを考えていました。

でも、今振り返ると、少し違ったのかもしれません。

私は未来が不安だったというより、

未来を自分の頭の中で決めようとしていた。

だから、予想と違うことが起こるのが怖かった。

「こうなるはずだ」

という未来を作ってしまうと、それ以外の可能性は「想定外」になります。

そして、想定外のことが起こると、不安になる。

でも、最初から、

「未来は分からない」

と思っていればどうでしょう。

もちろん、不安はあります。

怖いこともあります。

それでも、

「こうなるはずだったのに」

という苦しさは、少し減るかもしれません。

そして何より、

未来に起こることを、今の自分がすべて決めなくてもいい。

そう思えるようになりました。

第2章 「まだ分からない」は、意外と強い

「まだ分からない」

という言葉は、一見すると、とても弱い言葉に感じます。

「将来どうなるの?」

と聞かれて、

「分かりません」

と答える。

なんとなく頼りないですよね(笑)。

でも、人生について考えるようになってから、私はこの言葉が持つ力に気づきました。

「分からない」ということは、

「悪くなると決まったわけでもない」

ということだからです。

ブログがどうなるかも分かりません。

これから自分がどんな働き方をするのかも分かりません。

どんなことに興味を持つのかも分かりません。

どんな人と出会うのかも分かりません。

数年後、自分が今と同じ考え方をしているかどうかだって分かりません。

そう考えてみると、

「分からない」ということは、

不安の材料であると同時に、

可能性の余白でもある。

のだと思います。

以前の私は、その余白を不安で埋めていました。

「きっとこうなる」

「たぶん無理だ」

「今さら変わらない」

そんな言葉で。

でも今は、その余白を少し残しておきたい。

そこに何が入るのかは、まだ分からない。

だからこそ、少し楽しみでもあります。

第3章 人生は、歩きながら未来を作っていく

ここまで考えて、私は人生についての考え方が少し変わりました。

以前は、

「未来を決める → そこへ向かって行動する」

という順番で考えていたように思います。

もちろん、目標を持つことは大切です。

私自身、高校受験のときには明確な目標がありました。

だから頑張れた。

苦しくても、制約があっても、充実していた。

あの経験は、今でも私の中に残っています。

でも、大人になった今は、あの頃と同じように「未来を一つに決める」必要はないのかもしれません。

むしろ、

「今の自分が納得できる方向へ進んでみる」

ことの方が大切なのではないか。

進んでみる。

そこで何かを知る。

その経験によって、次に進みたい方向が少し変わる。

また進む。

そうやって、未来そのものを少しずつ作っていく。

人生は、

「完成した地図を見ながら歩く旅」

ではなく、

「歩いたところから少しずつ地図ができていく旅」

なのかもしれません。

そう思うと、今まで「迷っている」と思っていた時間も、少し違って見えてきます。

もしかすると、迷っていたのではなく、

まだ地図ができていなかっただけなのかもしれません。

第4章 悲観していた未来に、もう一度「余白」を作る

私は今でも、未来を悲観することがあります。

急に楽観的な人間になったわけではありません(笑)。

「このままで大丈夫なのか」

と思うこともあります。

思うようにいかないこともあります。

自分の考え方の癖が出て、悪い方向へ考えてしまうこともあります。

でも、以前とは一つ違います。

そんなとき、

「本当にそうなると決まったの?」

と自分に問いかけられるようになりました。

「この先もずっとこうなのでは?」

と思ったら、

「まだ分からないじゃないか」

と言ってみる。

「自分には無理なのでは?」

と思ったら、

「やってみないと分からない」

と言ってみる。

「今さら遅いのでは?」

と思ったら、

「それも、まだ分からない」

と言ってみる。

これは、根拠のないポジティブ思考とは少し違うと思っています。

「絶対大丈夫!」

と言っているわけではありません。

むしろ、

「悪い結果になることもある。でも、それも含めて、まだ決まっていない」

というだけです。

そして、その「まだ決まっていない」という余白があるから、

「じゃあ、もう一回やってみようかな」

と思える。

私は、この感覚を大切にしたいと思っています。

まとめ まだ、分からないじゃないか

今回、私は「未来」について何度も考えました。

今までの私は、

「未来を予測すること」

が大切だと思っていました。

できるだけ失敗しないように。

できるだけ後悔しないように。

できるだけ安心できるように。

でも、今は少し違います。

未来を予測することには限界がある。

なぜなら、

今の自分は、今の自分が知っていることしか知らないからです。

だから、今の自分が見えている未来が、そのまま未来になるとは限らない。

行動すれば、新しい経験が増える。

新しい経験が増えれば、自分が変わる。

自分が変われば、見える未来も変わる。

その繰り返しです。

だから私は、

「この先も、きっとこうなんだろう」

と思ったとき、

以前ほど、その未来を信じ切らなくなりました。

良い意味で。

そして、代わりに、

「まだ、分からないじゃないか」

と思うようになりました。

これは、とても小さな言葉です。

人生を一気に変えてくれる魔法の言葉でもありません。

でも、

悲観していた未来に、ほんの少しだけ余白を作ってくれる。

「もしかしたら」

という可能性を残してくれる。

そして、その「もしかしたら」が、

「ちょっとやってみようかな」

という行動につながることがあります。

私は、それで十分なのだと思います。

人生を完璧に設計しなくてもいい。

自分の未来を、今の自分の頭の中で完成させなくてもいい。

今の自分が、

「こっちには少し光があるな」

と思える方向へ、一歩進んでみる。

違ったら、また考えればいい。

失敗したら、そこからまた考えればいい。

思っていた未来と違ったら、また地図を書き直せばいい。

だって、

まだ、分からないのですから。

もしかすると、今悲観している未来は、

未来そのものではなく、

「今の自分から見えている景色」

に過ぎないのかもしれません。

だったら、もう少し歩いてみよう。

今まで見えなかった景色を、見に行ってみよう。

その先で、

「こんな自分もいたんだ」

と、自分自身に出会うかもしれない。

そしていつか振り返ったとき、

「あのとき、自分が悲観していた未来は、未来ではなかったんだな」

と思える日が来るかもしれません。

その日が来るかどうかは、今の私には分かりません。

でも――。

まだ、分からないじゃないですか。

だから私は今日も、少しだけ前へ進んでみようと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です