前回、私は「だから、まずやってみることにした」という話を書きました。
未来について考えても、今の自分が経験していないことまでは分からない。
だったら、少しでも光を感じる方向へ、一歩動いてみる。
そんな考え方です。
でも、ここで一つ疑問が出てきます。
「実際に動いたら、何が変わるのだろう?」
私は以前、行動することを、
「結果を出すためのもの」
だと思っていたように思います。
うまくいけば前進。
失敗すれば後退。
そんなふうに考えていました。
ところが、最近になって少し違うことに気づきました。
行動すると、結果とは別に、もう一つ大きなものが手に入る。
それは、
「今まで知らなかった自分を知ること」
です。
第1章 やってみるまで、自分のことは案外分からない
自分のことは、自分が一番よく分かっている。
以前の私は、そんなふうに思っていたのかもしれません。
でも、本当にそうでしょうか。
「自分はこういう人間だ」
「これは苦手だ」
「これは向いていない」
「自分には無理だ」
そうやって、自分についていろいろなことを決めています。
もちろん、これまでの経験から分かっていることもあります。
でも、その「自分像」は、過去の経験によって作られたものでもあります。
やったことがないことについては、本当のところは分かりません。
だから、
「自分はこういう人間だ」
と思っていたことが、何かを始めたことで簡単に変わることがあります。
私自身、ブログを書き始めて、それを感じました。
最初から「ブログを通して自分自身を深く考えていこう」と決めていたわけではありません。
書いているうちに、
「自分はこんなことを考えていたんだ」
と気づくことが増えていきました。
さらに考えていくと、
「自分はこんなことを大切にしていたんだ」
ということまで見えてきました。
つまり、
自分を理解してからブログを書いたのではなく、ブログを書いたことで自分を理解するようになった。
これは私にとって、かなり大きな発見でした。
第2章 行動すると「答え」ではなく「材料」が増える
行動したら、すぐに答えが出る。
そう思っていると、行動することへのハードルが高くなります。
「この行動には意味があるのか?」
「成功する可能性はあるのか?」
「やる価値があるのか?」
そんなことを考えてしまうからです。
でも、最近は少し考え方が変わりました。
行動することの目的は、必ずしも答えを出すことではない。
次に考えるための材料を手に入れることでもある。
そう考えるようになりました。
例えば、ブログの記事を一本書く。
それだけで、
「このテーマは書いていて楽しい」
とか、
「これは意外と書きにくい」
とか、
「もっと掘り下げてみたい」
とか、
「自分はこんなところに囚われていたのか」
など、いろいろなことが分かります。
それらはすべて、次の行動につながる材料になります。
庭に植物を植えてみる。
実際に育ててみる。
すると、
「この場所は日当たりが良い」
「この植物は自分に合っている」
「思ったより手入れが楽しい」
「植物を育てているだけなのに何でこんなに心が落ち着くのか」
など、やってみなければ分からなかったことが出てくる。
身体を動かしてみる。
すると、
「思ったより気持ちいい」
「これは続けられそうだ」
「悩んでいた事が大したことに感じなくなってきた」
など、色々と感じることがあります。
こうして考えてみると、人生は、
「正解を探してから行動する」
というより、
「行動しながら、自分にとっての正解に近づいていく」
ものなのかもしれません。
第3章 思い通りにならないことも、未来を広げてくれる
もちろん、行動すればいつも嬉しい発見があるわけではありません。
「思っていたものと違った」
ということもあります。
やってみたけれど、続かなかった。
思ったほど楽しくなかった。
うまくいかなかった。
そういう経験もあります。
以前なら、私はそういうものを「失敗」と考えていたかもしれません。
でも今は、
「自分について一つ分かった」
と考えることができるようになりました。
これは、意外と大きいことです。
「自分には向いていない」
と分かることも、一つの発見です。
「このやり方では続かない」
と分かることも、一つの発見です。
「思っていたより楽しくない」
と分かることだって、立派な材料です。
なぜなら、それによって次に選ぶものが変わるからです。
つまり、
失敗によって未来が狭くなるのではなく、失敗によって「違う道」が見えることもある。
私は、ここに行動の面白さがあると思っています。
何もしなければ、ずっと同じ場所から未来を見ています。
でも、一歩動けば、
「こっちじゃなかった」
と分かる。
さらに一歩動けば、
「こっちは少し面白い」
と分かる。
そうやって少しずつ、自分に合う方向が見えてくる。
その過程そのものが、人生なのかもしれません。
第4章 「自分が燃える場所」は、動かなければ分からない
そして最近、私はもう一つ気になることがあります。
それは、
「自分は、どんな環境にいると燃えるのだろう?」
ということです。
私は高校受験のとき、苦しい環境の中にいました。
勉強しなければならない。
自由も制限される。
思うようにいかないこともある。
それでも、充実していました。
苦しかったのに、燃えていました。
だから今になって、
「自分は楽な人生を求めているわけではないのかもしれない」
と思うようになりました。
肉体的な苦痛を減らしたいわけでもない。
制約をなくしたいわけでもない。
自分が納得した目標に向かって、自分の力を使って進んでいる。
そんな状態に、私は充実感を感じるのかもしれません。
ただ、これも頭の中だけでは分かりません。
実際に何かをやってみる。
少し負荷をかけてみる。
何かを作ってみる。
目標を設定してみる。
誰かと一緒にやってみる。
そうすることで初めて、
「自分はこういうときに燃えるんだ」
ということが見えてきます。
つまり、
自分を知るためにも、行動が必要なのです。
これは、今回の話の中で私にとってかなり大きな気づきでした。
人生の方向を決めるために自分を知ろうとする。
でも、自分を知るためには、人生を少し動かしてみる必要がある。
少し矛盾しているようですが、実際の人生は、こういう循環の中で進んでいくのかもしれません。
まとめ 未来を変える前に、自分の見え方が変わる
「まずやってみる。」
この言葉は、とても単純です。
でも、実際にやってみると、その先には思っていた以上のものがありました。
結果が出る。
失敗する。
成功する。
それだけではありません。
自分のことが少し分かる。
「こんなことが好きだったんだ」
「こんなことなら続けられるんだ」
「これは自分には合わないんだ」
「こういう環境なら頑張れるんだ」
そんな発見が少しずつ増えていきます。
そして、その発見によって、自分の考え方が変わります。
考え方が変われば、見える未来も変わります。
だから私は今、
「行動することで未来を変える」
というより、
「行動することで、自分が未来を見る目を変えていく」
という方が近いのではないかと思っています。
今まで見えていた未来が、急に違って見えることがあります。
「この先もきっとこうなる」
と思っていたものが、
「いや、まだ分からないな」
と思えるようになる。
そして、その「分からない」が、怖いだけではなくなってくる。
少し楽しみになってくる。
「この先、自分は何に出会うんだろう」
そんな気持ちが生まれてくる。
私は、これこそが行動の持つ大きな力なのではないかと思っています。
未来を変えるために動く。
もちろん、それも大切です。
でも、
自分の知らない自分に出会うために動く。
そんな動き方があってもいい。
そう考えると、人生は少し面白くなります。
そして、ここまで来ると、最初に抱えていた疑問がもう一度浮かんできます。
「今、私が見ている未来は、本当に未来なのだろうか?」
もしかすると、それは未来ではなく、
「今の自分から見えている景色」
に過ぎないのかもしれません。
だったら――。
まだ見えていない景色を、少し見に行ってみてもいいのかもしれません。

