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刺激を求める習慣は、不安も連れてきていたのかもしれない④~刺激を手放したら、本当に欲しかったものが見えてきた~174

1 心の余裕を取り戻した

以前の私は、いつも心が急いでいました。

次は何をするのか。

次は何が起こるのか。

そんなことばかり考え、目の前の時間を十分に味わえていなかったように思います。

しかし最近は、以前ほど先を急がなくなりました。

一つのことを終えたら、少し立ち止まる。

静かな時間を、そのまま受け入れる。

そんな心の余裕が、少しずつ戻ってきたように感じています。

2 本当に欲しかったのは「安心」だった

以前は、自分が求めているのは刺激や達成感だと思っていました。

新しい経験。

結果を出すこと。

周りから評価されること。

そうしたものが、自分を満たしてくれると信じていたのです。

もちろん、それらにも価値はあります。

しかし今振り返ると、私が本当に求めていたのは、もっとシンプルなものだったのかもしれません。

それは、安心して今日という一日を過ごせることです。

大きな出来事がなくても、「今日も良い一日だった」と思えること。

その積み重ねこそが、私にとっての幸せなのだと感じています。

3 人生は競争だけではない

以前の私は、人と比べることも少なくありませんでした。

もっと成果を出さなければ。

もっと頑張らなければ。

そんな気持ちが、自分を前へ進ませる力にもなっていました。

しかし同時に、自分自身を追い詰める原因にもなっていたように思います。

今は、人と競争するよりも、昨日の自分より少しだけ前へ進めたら十分だと思えるようになりました。

その考え方の変化が、心を軽くしてくれています。

4 静かな毎日にも、大きな価値がある

劇的な出来事がある日ばかりが、良い一日ではありません。

何事もなく仕事を終えられること。

家族と笑いながら食事ができること。

ゆっくり眠りにつけること。

そんな当たり前の日々には、以前の私が気づけなかった価値があります。

刺激を減らしたことで、私は日常の豊かさを感じられるようになりました。

そして、それこそが長い人生を支えてくれる土台なのだと思っています。

まとめ

以前の私は、刺激を求めることで充実した人生になると思っていました。

しかし、その刺激を追いかけ続ける中で、不安まで抱え込んでいたのかもしれません。

刺激を手放した今、私が取り戻したものがあります。

それは、心の余裕であり、安心であり、穏やかな日常です。

人生に必要なのは、毎日大きな出来事が起こることではありません。

静かな一日を「幸せだった」と思える心こそが、本当に欲しかったものなのかもしれません。

次回はいよいよ最終話です。

このシリーズ全体を振り返りながら、「刺激を求める人生から、暮らしを味わう人生へ」という、今の私がたどり着いた一つの答えを書いて締めくくりたいと思います。

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