こんにちは。ヨハニです。 ※本ページはプロモーションを含みます。
前回、私は「資格を取れば人生が変わる」と思っていた時期について書きました。
今になって振り返ると、少し不思議です。
資格そのものが、それほど欲しかったわけではありません。
では、なぜ私はそこまで資格に期待していたのでしょうか。
少し考えてみました。
すると、どうも「資格が欲しかった」という話だけではなさそうなのです。
その奥には、
「今の自分を変えたい」
という気持ちがあったように思います。
第1章 「今のままでは」という気持ち
人は、今の自分に満足していないとき、何かを変えたくなるものだと思います。
もっと良い自分になりたい。
もっと評価されたい。
もっと安心したい。
もっと自信を持ちたい。
私にも、そういう気持ちがありました。
そして、その気持ちが強くなると、
「何かを手に入れれば、自分も変われるのではないか」
と考えるようになります。
私の場合、それが学歴だったり、資格だったりしたのでしょう。
資格を取った自分。
専門知識を持っている自分。
周りから評価される自分。
今より自信を持っている自分。
そんな「未来の自分」を想像する。
すると、不思議と今の自分の不満が少し薄まるのです。
「これを頑張れば、きっと変われる」
そう思えるからです。
もしかすると、資格そのものよりも、
「未来への期待」
を買っていたのかもしれません。
第2章 努力すれば、人生は報われると思っていた
もう一つ、私の中にあったのは、
「努力すれば、その分だけ人生は良くなる」
という感覚だったと思います。
これは、ある意味では正しいことです。
勉強すれば知識は増えます。
努力すれば技術も身につきます。
何かを続ければ、できることも増えていきます。
だからこそ、
「資格取得のために努力する」
という行為には、とても分かりやすい魅力があります。
勉強する。
試験を受ける。
合格する。
資格を手に入れる。
結果がはっきりしています。
そして、その結果が自分の人生を変えてくれるように感じる。
ところが、人生は資格試験ほど単純ではありません(笑)。
頑張ったから必ず思い通りになるわけではない。
努力したから、必ず評価されるわけでもない。
自分がどれだけ頑張っても、自分ではどうにもならないこともあります。
仕事も、人間関係も、人生も。
40代になって、私は少しずつそのことが分かってきました。\
第3章 「これさえあれば」は安心をくれる
それでも、「これさえあれば」と思えるものには、不思議な安心感があります。
「この資格を取れば大丈夫」
「この会社に入れば大丈夫」
「これだけ貯金があれば大丈夫」
「この肩書きがあれば大丈夫」
そう思えると、未来が少し見えるような気がします。
人生の不確実さを、一つのものが埋めてくれるように感じるのです。
でも、よく考えてみると、
人生の不確実さを、一つのものに背負わせている
とも言えます。
そして、その一つが崩れたとき、自分まで一緒に揺れてしまう。
これは、少し怖いことです。
何かを持つことが問題なのではありません。
その何かに、
「私の人生はこれで大丈夫にしてもらえる」
と期待してしまうことが問題なのだと思います。
私自身、そこに気づくまでには、ずいぶん時間がかかりました。
第4章 安心を「外」に求めすぎていた
今振り返ると、私は安心を外側に求めていたのかもしれません。
学歴。
資格。
仕事。
収入。
評価。
もちろん、どれも大切です。
人が社会で生きていく以上、外側の環境は無視できません。
でも、それだけで自分の安心を作ろうとすると、少し苦しくなります。
なぜなら、外側のものは自分だけではコントロールできないからです。
評価されるかどうか。
会社がどうなるか。
誰かに認めてもらえるか。
将来どうなるか。
自分では決められないことがたくさんあります。
だからこそ、最近の私は、
「自分で持てるものを増やしていこう」
と思うようになりました。
生活を整える。
体を動かす。
自分の好きなものを持つ。
自分で考える時間を持つ。
ブログを書く。
家族との時間を大切にする。
そして、自分自身が納得できる生き方を少しずつ作っていく。
こうしたものは、資格のように一枚の証明書にはなりません。
でも、自分の中に残ります。
まとめ 人生を変えたかったのは、資格ではなかった
なぜ私は、資格に人生を託そうとしたのか。
今の私が考える答えは、
「自分自身を変えたかったから」
です。
資格が欲しかった。
でも、本当に欲しかったのは、その先にいる「変わった自分」だった。
もっと自信を持ちたい。
もっと安心したい。
もっと評価されたい。
もっと未来に希望を持ちたい。
そんな気持ちがあったのだと思います。
だから、「これさえあれば」というものに惹かれた。
でも、40代になった今は少し違います。
人生を一つのものに託すのではなく、
いろいろなものを少しずつ持っておく。
仕事も。
家族も。
健康も。
趣味も。
自分の時間も。
そして、自分自身との対話も。
どれか一つが思い通りにならなくても、人生全体が崩れないようにする。
それは、人生を守るというより、
人生に余白を作る
ということなのかもしれません。
そして、もう一つ気になることがあります。
「これさえあれば」という考え方は、なぜこんなにも魅力的なのでしょうか。
もしかするとそこには、
人が不安な未来を生きるための、ある種の心理
が関係しているのかもしれません。
次回は、そのあたりをもう少し考えてみたいと思います。

